第3章 その7:「退院の日」
翌朝は4時に目が覚めた。
「抗がん剤の影響はない」という自己暗示は、相当な緊張を心身に与えていたのだと思う。起きてもなお「大丈夫、普段どおり」と気張っている自分がいた。
その後も寝付けなかったので、YouTubeでバラエティ動画を見て時間をつぶした。
今日、退院することになっていた。
体調は良い!と思ったけれど、朝食はおかずだけを食べて、白米は残した。食後に2種類の飲み薬が出され、それを飲んだ。
イメンドとデカドロンという薬だ。
- イメンド:「抗がん剤による悪心や嘔吐を抑え、心身を和らげる薬」
- デカドロン:「炎症やアレルギーを抑えるステロイド系の薬」
薬剤師さんから聞いた話では、イメンドの方が歴史的には新しく、この新薬が登場してから、がん患者さんが感じる副作用のつらさが劇的に軽減したということだった。
イメンドの登場までは、吐き気を予防する薬はデカドロンのみだった。がん患者さんは、私が服用した量の4倍(1日8錠)を飲む必要があったのだということだ。8錠飲んでも、副作用はもっともっとつらかったのだそう。
この話を聞いて、私はなんて恵まれた時代のがん患者なのだろうと思った。これまで乳がんと闘ってきた人たちのおかげで、この新薬が作られたのだ。私は、乳がんと運命を共にしている全ての人たちに感謝せずにはいられなかった。
尾田平先生のようなドクターや、新薬開発の会社の研究者の方々、感謝すべき人たちはたくさんいる。だけど、やはり、乳がんに罹患した、多くの女性の先輩たちが先頭に立って、私たちの未来をより良い方向へ切り拓いているということを忘れてはならないと思う。
母親の友達に、15年前くらいに乳がんに罹患したNさんという方がいる。時々、この方のことを思い出す。
というのも、Nさんが闘病されていた時代にイメンドはなかったので、きっと副作用はつらいものだったに違いない。乳がんの治療方針や手術方法も、今ほど選択肢がなかったはずだ。
さらに、Nさんの場合は、家族の中で女性はご本人だけということなので、この女性特有の病気の悩みを、同性と共有するということもできなかったのだろうな…。そんなことを想像すると、私なんてまだまだ我慢が足りないことばかりだった。
食後は、身の回りのものを片付けて退院の準備をした。予定よりずっと早く準備が終わってしまい、休憩をしていると、いつの間にかぐっすり眠っていたらしい。薬がよく効いたみたいだった。
母親が退院の迎えに来たことにも気づかないほど熟睡していた。
写真は、このときに母が撮ったものです。
あまりにも眠りが深かったので、母は私を起こせなかったようです。きっと、投与が終わっても力んでいた私の緊張の糸がやっと切れ、ここにきて初めて熟睡できたということを察してくれたのだと思います。
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