第3章 その6:「ウィッグ体験」
初回の投与を終えた私は、抗がん剤のことを意識するのがイヤで、なるべく別のことを考えようとした。
病床に戻ってもすることがないから、きっと抗がん剤のことを考えてしまう。
そこで、夫と病院内を歩いてみることにした。
特に不快感もないどころか、異常を感じるところは一つもなかった。歩いていても、ふだん通りという感じだ。
でも、正直なところ、自分に暗示をかけていた、と言った方が正しい。抗がん剤に影響されるのが悔しかったというべきか…。今後の治療へのより強い覚悟を作るために、今、気持ちをしっかり保っておかなければいけないと思っていた。
そういえば、頭の皮が剥けそうな感覚は、今では遠のいていた。
抗がん剤投与中に感じる違和感や何らかの変化は、人によってさまざまではあるけれど、私の場合はとにかくこの「頭皮が剥けそうな、ふしぎな感覚(鼻に水が入ったときに、頭の首に近い部分がギュンと締め付けられる苦しさが継続的に続く)」が一番記憶に残るものだった。
これが脱毛につながる感覚だと言われれば、まあまあ納得できた。
実は頭や髪の毛のことは入院前から気になっていた。そろそろウィッグを買わなくてはいけなかったのだけれども、まだ本格的に検討をしていない。
AC療法が終わって、次のパクリタキセル投与の第1回目には、今回と同じように入院の予定だ。そのときには、毛髪はなくなっているだろう。ふと、その状態で入院の手続きをしたり、病棟内を異動したり、トイレに立ったりすることを想像した。
ナースさんは見慣れているのだろうとは思うけれど、ふとカーテンを開けたときや、眠っているとき、もし帽子やウィッグを付けていない状態だったら…やっぱりはずかしい!
ほかの(抗がん剤治療中の)患者さんたちはどうしているんだろう?
毛髪のことが気になったので、病院の1階にある美容室へ行ってみることにした。この美容室で医療用ウイッグ体験をさせていただけるということは、以前から知っていたのだ。
(何もこのタイミングで行かなくてもよかったのだけれど、「自分には抗がん剤の影響はない、体調もいつも通り大丈夫」だということを証明したくて、あえてこのときを選んだのかもしれません。)
ちょっとドキドキしながら美容室を覗くと、いち早くスタッフさんが気づいて出て来てくれた。そのとき私は、点滴用のパジャマ的な服装だったので、その方もすぐに状況を察してくださったようだった。
今日、さきほど初回の抗がん剤投与を終えたばかりだと言うと、スタッフさんは、
「それなら、今から約2年、ウイッグの生活だね。杏莉さんにベストなのが絶対にあると思うよ」
と言って、幾つかの種類のウィッグを提案してくださった。
事前に調べていたけれど、ウィッグのお値段はピンキリで、やっぱり気になるのはコストパフォーマンス。
この美容院で取り扱っているのは、最高級品とされている人毛ウィッグではなく、人工ファイバーを医療用として使用できるよう独自に開発したものだったので、私でも手が届きそうなお値段だった。
スタッフさんいわく、「みなさん化学療法で約半年、脱毛して生え揃うまで約1.5年。約2年間分の美容院代と思ってもらえるように価格設定しています」とのことだった。
説明を聞きながら、「いわゆるおしゃれ用のもっと低価格なものをいくつか試してみながら、必要であれば高価格なものに乗り換えようかな」とか、いろいろと考えていた。
スタッフさんが親切に対応してくださったおかげで、このひとときは、まずまず良い気分転換になった。
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