第2章 その2:「私の主治医①」
乳がん患者として、初めてK病院へ行く日。
その日、母親が、私を迎えにきてくれて、一緒にK病院へ行った。これからずっとお世話になる主治医の先生に初めてお会いすることになっていた。
私はすごく緊張していた。私の主治医を務めてくださる尾田平先生は、最先端の研究者としても非常に有名で、乳がん界の権威ともいわれている人ということだった。
先生の予約はいつもいっぱいで、2、3時間待ちなんてザラ。それは、尾田平先生に執刀していただきたいと望む患者さんがたくさんいるということの証拠だ。まさか、そんなすごい先生に担当していただくことになろうとは…。
どんな先生だろう。優しい先生だったらいいな。まだ全然わからない乳がんのことや、自分の身体についての質問に、丁寧に答えてくれるといいな…。
多くの患者さんに必要とされている先生なのだから、きっと、素晴らしい人に違いない。
待合室で自分の名が呼ばれ、ドアが開いた。
「よろしくお願いします。」
ドアが開いたその瞬間、尾田平先生の顔を見た私は、直感で「確信」した。
(この人は…怖い人だ!)
いや、でも、外見だけで人を判断してはいけない。本当は優しい先生かも!?
私は子どものように、母親の影に隠れて入室した。
年齢は55歳くらいだろうか。尾田平先生はとにかくものすごい威厳に満ちあふれていて、近寄りがたい雰囲気をかもしだしていた。同じ部屋にいるだけで緊張して委縮してしまうタイプの相手だった。
「平西さん、よく来てくれたね。不安でしょうけれど、僕が責任をもって治すから、心配する必要は全くないからね。」
私の妄想ではこんなふうに、主治医の先生というのは、患者さんが安心して入院し、手術に耐えられるよう、心に寄り添って励ましてくれる存在のはずだった。
尾田平先生は、怖かった。
まず、全然、笑ったりしない。ときどき意図的な感じでニヤッと笑うことはあっても、ニッコリとはしない。
それから、目が鋭い。ブルドッグが唸っているような表情で、ずっと手元の資料を見つめている。
何よりもびっくりしたのは、全然私の方を見ないということだ。患者を見ない医師なんているのだろうか。
診療室には、尾田平先生のほかに、データを操る助手のような看護師さんがいた。彼女は尾田平先生がいつどのような指示を出してもすぐに応えられるよう、全神経を集中して、先生の一挙手一投足に気を配っているように見えた。その状況がますます尾田平先生の威厳を高めていた。
「この患者さんのデータ、どうなっとるん?今すぐモニターに映して。」
と、尾田平先生はぶっきらぼうに言った。
そして手元にある無数の書類をガサガサとさぐり、その中から見つけ出した私の紹介状やカルテのコピーを読み始めた。
いかにも初めてその書類に目を通すという感じではあったものの、その眼力は、ものすごかった。
(この先生と、うまくやっていく自信がない…!)
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