第1章 その7:「秘密」
翌日は、前職からの友人、希子さんとランチをすることになっていた。同年代の希子さんは最も親しいメンバーの一人で、結婚後も、ときどき会って近況報告をする間柄だった。
彼女はまさに有言実行といった行動力のある人だ。編集社でライターとして第一線で活躍しつつも、「いい出会いがあったらすぐに退職します!」といつも周囲にアピールし、結果、出会いから数か月でその通りのことを実行してしまった。希子さんはポジティブで明るいので、会うといつも元気をもらう。
胸の痛みや、しびれのような感覚が心配ではあったけれど、希子さんに会えるのなら、外出できそうな気がした。幸いにもこの日は、痛みが少なかった。少し久しぶりに、鏡の前で、服やアクセサリーを選ぶ楽しさを思い出しながら支度をした。
前職の編集社の先輩が、退職後に独立して開いたカフェで会う約束をしていた。初めて訪れたけれど、ハワイのカフェみたいな、リゾート感いっぱいの開放的な雰囲気のカフェだった。
希子さんは全く変わっていなかった。前回会ったのは、半年以上も前だったことに気がつき、二人でびっくりした。
「私たちも、大人になったもんね~。ま、旦那もおじさんになってきたけど。」
屈託なく、希子さんは言って笑った。
「この間Nさんに会ったとき、杏莉にお願いしたい仕事があるからよろしくって言ってたよ。」と希子さんは言った。
「そうなんだ。いつでも連絡待ってるって言っといて。」と私は言った。自分で言った言葉が自分を不安にした。(仕事、今と同じペースで続けていられるのかな…。)という思いが胸の内をよぎった。
私たちは、仕事やファッションや新しくできたお店のことなど、しばらくたわいのない話をした。さすが、ライターという職業柄ということもあり、希子さんの観点は斬新で独特なユーモアにあふれていた。言葉選びのプロでもある希子さんの話術のおかげで、ここのところずっとネガティブなことしか感じられなかった私の心も、しだい解きほぐれていくような気がした。
希子さんはもしかしたら、ぎりぎりまで、話そうかどうかを迷っていたのかもしれない。ひととおりの話が終わり、そろそろ会話が尽きそうになった頃、「あのね、実は…」と、声のトーンを落として、別の話を始めた。
それは彼女の「秘密」だった。
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